2011年3月31日木曜日

広瀬隆先生が原発の真実を語っています


私に色々と教えて下さるブログ仲間の方が、この度の原発事故について、広瀬隆先生がインタビューで話しているYouTubeを教えてくださいました。
少し長いインタビューですが、私たち素人では分からない原発事故の恐ろしさを詳しく話されていますので、是非ご覧になられることをおすすめします。
原発が無ければ電気供給が出来ないなんて全く出鱈目です。
事情に精通している人は万が一のことを考えてパスポートを取っているそうです。

ここをクリックしてください

2011年3月30日水曜日

人生の思い出No1


母親というものは同じ自分がお腹を痛めた可愛い子供であっても、男の子の方が気になるようです。
私には二人妹がいます。単純なことですがおかずは妹たちよりも多く配してくれていました。
妹たちは依怙贔屓だと怒っていました。それほど母は私を可愛がってくれました.
しかい父にはかないません。
働かない父で稼ぎがないくせに食膳は私よりもにぎわっていました。
私達の子供の頃は家父長制という封建社会の名残が色濃く残っていた時代ですから、何をするにしても父が一番です。勿論食事もそうでした。
ちゃぶ台の一番上座に座り、父の「頂ます」の声で食事が始まります。
お腹が空いていても父よりも早くに食事に手を付けることは許されませんでした。
ちゃぶ台ですから勿論正座です。食事の間は足を崩すことは許されませんでした。
話をすることは許されず父が一方的に話すだけです。
父が口をついて出てくる言葉は必ず説教です。
叱責されているわけではなくて説教ですから、私の為になることを言ってくれているのですが、父は怖い存在でしたので怒られているようで、今思えば食事の時間が面白かったという思い出はありません。
父が同席していることが憂鬱でしたが、父の許しが出なければ席を外すという事ができませんので、食事の時間は長く嫌な一時でした。
父は明治生まれの鹿児島の出身で、貧しかったけれども祖父は薩摩隼人でしたから、父も厳しく躾けられて育ったからではないでしょうか。

2011年3月29日火曜日

崩れた安全神話


 原発の安全神話が崩れて大変な事故に陥っている。
原発建設当初は住民の人を集めて話し合いを持ちました。。
その席で住民はもし事故が起こった時には私達住民はどうして逃げろというのだ、この宍道湖を泳いで渡って逃げろというのかと質問をしたそうです。
そうすると原発安全院会のメンバーは、今日のこの会は皆様方の質問に答える会ではないと議事を進め、そういう形で建設を進めて行ったそうです。
 私は住宅街の中に大きな建物を建設することに反対をして建設側とやり合ったことがあります。
国としては経済発展優先の観点から建設法的には認めています。
しかし住民の意見を十分に聞くようにという条件付きですから、建設側は話し合いの場をもうけます。
 その席で住民側としては様々に実害があるわけですから反対の意見を述べます。
それには適当に答えるだけで、建設側の大きなマイナスになるようなことは、いくら住民側の意見を聞いても聞き流すだけで「そのようにします」という答えは絶対にしません。国が法的に問題ないと認めていますので話し合いなんか茶番劇なのです。最後は裁判という事になるわけで法的には何の問題もないので、そこまで行くなら行けばいいという、最初から説明側は腹をくくっているのです。
ただ住民に対する十分な説明が義務付けされているからゼッシャーでやっているだけなのです。
 国の発展が優先という前提によって法的に認められているから住民との話し合いは茶番なのです。
 原発建設も同じです。原発は絶対に安全という安全神話を説いて、素人には分からないのだという姿勢で学者や建設側が押し切り国が後押しをするのです。
 アメリカで同じ事故が起こり安全神話が崩れたにも拘わらず、安全基準を満たしているとして何の手も打たずにここまで来て、そして大きな事故を起こしてしまった。
明らかに原発事故は人災です。天災と人災が重なっている。この人災は悪くすれば関東から上を滅亡させてしまうかもしれません。
 アメリカの学者は、アメリカのように広い国土でも事故が起きれば大きな被害が出るのに、日本のように狭くて住宅が密集しているようなところで事故が起きればどうなるのか考えただけでも恐ろしいと言っています。
これを教訓に「人が大事かそれともお金か」もっと地に足を付けた思念が必要ではないでしょうか。

2011年3月28日月曜日

企業と政治家


2号機から大変高濃度の放射能物質が出ていると放送されています。
本当に近いうちに心配が治まる状態に成るのでしょうか。
それが一番心配です。
何故こういう事故になったかを考えて行きますと、世の中の仕組みの不思議さに唖然とします。
想定外とよく言いますが、事故が起これば大変な惨状につながると認識されているものに付いては、絶対でなければいけないのです。
絶対であるべきものに想定外という言葉は当てはまらないのです。皆さんそうはおもいませんか。
 原発については今までにも設備について取沙汰されていました。
本当は十重二十重に備えを十分にして、絶対と言えるところまで設備投資にお金を掛けなければいけないのに、そこまでやれば設備投資にお金が掛かり過ぎるので、安全基準を満たしておればそれで良しにしています。その安全基準は企業にとって都合のよいように出来ている。その程度でいいのか否かは政治家も追及しなければ、専門家も机上の上だけの計算で十分だと思い込んでしまっている。専門家も国もそれでよいと許可をした。その段階ではそれで十分だと思っていたから想定外と言う。
アメリカのスリーマイル島でも同じ事故があった。その段階で安全基準は絶対でないことが証明されている
それなのに企業サイドの都合で安全基準を満たしているからと、政治家も専門家も設備の見直しをしなかった。誰に責任があるのでしょうか。
 地震は想定外の巨大規模だったから仕方がないで済ますのでしょうか。
 もしもテロに攻撃されたとしても、びくともしないように十重二十重に安全を確保する設備にしておく。それが原発というものではないでしょうか。
 この度の事故で農作物や海産物がだめになる。
東京電力に責任を取らせたら潰れるかもわからない。潰れては国民が困るから国が許可を出した責任で保障をする。
その保障のお金は私達から出ているわけです。
 天災で困っている人は助け合うのは当たり前ですから、大いにお金を使って復興第一に考えなければいけない。しかし原発事故は少し引っかかる思いです。
 原発を誘致したり許可したり安全基準の審査などに当たっては、これまでの慣習からして企業と政治家の癒着がささやかれている。事故がおこれば全て国民が面倒を見る。

2011年3月27日日曜日

2011年3月26日土曜日

人生の選択


人生の中身は各自のメンタル面で決まる。
お金は偉大な力を発するが、お金では永続する充実感は買えない。
永続した充実感を得るには頑張りや努力が必要だ。
その努力や頑張りを喜びに変えれないとそれは得れない。
頑張ることに喜びや遣り甲斐を感じた者だけが得られる。
それを既に得ている者はこれだけ言えば何を言わんとしているかが分かる。
このように言っても永続性のある充実感とはどういうものか分からない人の方が多い。
そこが人生のもどかしさであり妙味である。妙味であるということも得た者だけしか分からない。
私の妻は言う。人生にも年齢に関係なく小学校生、中学校生、高校生、大学生とがいる。
小学生や中学生に人生論をぶっても頭から受けつけない。高校や大学生になれば中には耳を傾ける人はいるが、理解に及ぶ人は少数だ。
人生は一度しかないし必ずだれもが死ぬ。長いか短いかなんか関係ない。一度しかない人生を如何に波長の高い心の響きを得て生きかるかということだ。
それには人生哲学の理解は必須だ。人生哲学の理解は実践によって培っていくものだから、事を成し遂げた者しか理解できないというもどかしさがある。
人生哲学なんか考えなくても生きていける。多くの人がそうしている。どっちを選択するかは自由だ。

2011年3月25日金曜日

人生の悲哀


               ジャノメエイカ

 人生は先を見れば長いように感じるが、振り返れば光陰矢の如しの諺の如く実に短い。
この世の中で最も平等に与えられているのは時間だ。
その時間は堕落した人生を過ごしていれば長く感じるが、充実した日々を送っていると短い。
時間に長短はないが各自の気持ちの持ち方で長短が生じる。
 テレビドラマを見たが家族全員が一体となって抱き合いながら小躍りして喜んでいる。そんな時間は人生の長短に関係なくどれほどの長さがあるだろうか。
ほとんどの人がほんの短い一瞬しか味わっていないような気がする。
震災で大きな被害を受け大変な苦労を味わっている。今は助け合うしかないからみんな優しい。
家族が一丸とならなければ仕方がない。ここで家族の絆を再度深め合う事が出来、家族全員で小躍りして抱き合い喜び合う日がくれば、平穏だけど何の感動もない人生を送っている人達よりもましかもしれない。
大きな不幸に見舞われたが人の優しさや温かさの喜びを知った。
学習したことを忘れず、家族全員で抱き合って喜び合える時間を増えればこの不幸は取り返せる。
しかし家族が揃う事が出来ない人もいる。慰めようがない。

2011年3月24日木曜日

醜い政権争いはやめて


私のように知識や教養の無い者は単純で阿呆と違うかと言われてしまうのですが、こんな大切な時は単純な市民感覚で立ち向かうことがベストではないでしょうか。
 震災の復興には莫大なお金がいるでしょう。
そのお金を自由に使うには予算を成立させて、補正予算も組まなければいけないでしょう。
はやく動きやすい体制を構築しておかなければいけないのに、予算成立に野党は反対をしている。
こんな時には与野党関係なく一体となって困難に立ち向かっていかなければいけないでしょう。
戦う時は戦っても非常時には相手に塩を送る思い遣りをもつ、それが日本古来の武士道です。
 今はお金がいるのですから、子供手当や高速無料化などは停止して復興を最優先に取り組まなければいけないのではないでしょうか。民主党が先の選挙で掲げたマニフェストを撤回して復興最優先の提案があれば野党は無条件で協力をして一丸となって復興に努める。
今は政党を越えて人間としてどういう態度を取れるかが試されているのだと思います。
こんな時に政権争い優先の態度を見せられたら本当に減滅しまう。
原発事故の処理に当たる現場の人間は命を懸けてがんばっています。
そんな時に政権争いの醜い姿を間違っても曝け出さないでほしい。私利私欲を捨てて政治家は復興に命を懸けて欲しいです。

2011年3月23日水曜日

安心の基


天災は避けることは出来ないが頑張れば復興は出来る。
この度の原発事故はレベル5まで達し、7までに達すればチェリノブイリの事故と同じになります。
チェリノブイリと同じレベルに達すれば復興は不可能になります。
1979年にアメリカのスリーマイル島でも同じ冷却剤事故が起こったいます。この事故も幸いにレベル5で終息していますが、この度の事故がチェリノブイリと同じレベルになればどうなるか、そんなことは私のような者よりも政治家や関係者はよく分かったいる筈です。
 原発は一つ間違えば恐ろしいものであることが分かっていれば、想定外という言葉を使うのは不謹慎でしょう。様々な場合を想定して十重二十重に備えをしておかなければいけないでしょう。
それが普通の考えであってそれが想定内の思考です。
そういう考えに達してないという事は甘かったのです。
そんな段階ではありませんが、この度の事故で政治家や原発関係者は、自分たちの備えが甘かったという言葉は一言も聞こえてきません。
 こんな時だからこそ、自分たちの考えは甘かった。二度とこんな事故を起こさないように、いくら設備投資にお金がかかっても備えを十分にさせると総理は断言すべきです。
その上で最高責任者である総理は、今は事故を終息させる事と、復興が最優先ですからそのことに傾注し、それが目に見えて復興の兆しが見えれば、この度の事故の責任を取って辞任しますと断言すべきです。
そういう覚悟で頑張りますので、国民の皆さんは今は我慢して協力し合って頑張ってほしい。そのように率直に言って頂ければ励みにもなるし信頼も増すとおもうのですが、そういう政治家はいないですね。
 会社であれば理由の如何に関わらず、これだけの事故が生じれば責任を取ります。そこまで腹を括ってやり通せるか。こんな時にこそその人間の真価が問われます。

2011年3月22日火曜日

日本人の礼


先日からテレビを見ていて何かおかしいと思っていたらコマーシャルです。
やたらと元阪神タイガースの赤星が出て来るのです。コマーシャルの時間は同じものばかりが流れていることに気付きました。東北の巨大地震があったので各企業はコマーシャルを流すのを自粛したいるようです。
 私の友人で選挙が近いから選挙カーに乗って町を流すアルバイトをしている人がいます。震災があった翌日はいくらなんでも選挙カーで放送をして流すというのは憚れるので休みだったそうです。
その翌日の朝に喫茶店で会うと、今日から流してくれと言われてると聞きましたので、こんな時にお願いの放送を流すと顰蹙を買うのと違いますかと言えばいいと友達にアドバイスをしました。その通りを責任者の秘書に言いますと、それもそうだなぁーということで未だに回っていないそうです。
太古の昔から不幸があった時は歌舞音曲を控えるというのが日本人の文化です。
大勢の人が亡くなり、現在も大変苦労されている人がいるから、自粛しなければいけないという決まりはありませんが率先して自粛されている。そこが日本のよいところです。
私は以前にも記しましたが、大人であるか否かは年齢ではなく、自分は自分の力で生きているのではない。人という字の多くの人の支えによって生きている。このことを理解できているか否かで大人か否かを決めています。
大人はこういう時は共に悲しみを共有して自粛するものです。
理屈の分かった大人が大勢いらっしゃる事に喜びを感じます。

2011年3月20日日曜日

放射能汚染


 ついに心配していた農作物に放射能汚染が発見されました。
福島県の川俣町の原乳から、そして茨城県のホウレン草から放射能物質が検出されたそうです。
川俣町は避難範囲の30km圏外にあるそうです。
食べたとしても害にはならないと言っていますが、汚染されていることが分かっていて食べれる筈がありません。
これは人災であって農家の人達の責任ではありません。
当然ことながら国が保障をしてあげなければいけないでしょう。
 土壌までが汚染されていてどの程度で回復するものか、私達素人にはわかりませんが、土壌まで汚染されていないことを念じています。
 原発というものは事故を起こしてしまえば取り返しの付かない大きな惨状を招くことはわかっているのですから、想定外などと言っていないで、想定できる何倍もの備えをしておかなければいけないでしょう。
 震災後直ぐに心配していたことが現実になり本当に残念であり、これは人災だと声を上げて言いたいです。

 起きてしまった限りは最小限に被害を抑えなければいけない。そのために東京消防庁のハイパーレスキュー隊が出動して危険な中を放水活動をしてくれました。
活動後の会見を見ましたが泣いておられました。
家族に「行ってくる」と告げると奥さんは「日本の救世主になれるよう頑張ってください」と言われたそうです。
皆さんの会見を聞いていると命を賭して出かけられたことが分かります。
 隊員の家族の皆様方には申し訳のないことしたと隊長が泣いておられました。
死地に向かって行けと命令を下したのですから、その辛さを思い出されてのことだと思います。
本当にレスキュー隊の皆様有り難うございました。感謝申し上げます。

2011年3月19日土曜日

非情なる神の仕打ち


人生は終わりよければ全てよしと言います・
終わりが悪ければそれまで楽しいこと嬉しかったことがあったとしても、そんなものは飛んでしまいます。
この度の巨大地震では高齢者の方も沢山おられます。
ご高齢になって娘や息子が波にさらわれて行方不明になってします。
可愛い孫までがいなくなってしまう。
この先何を生き甲斐に生きて行けばいいのか、、生きて行く意欲がそがれてしまいます。
本当に辛いと思います。
これまでの人生は何だったのかと呟いている人もいらっしゃいました。
これまで家族仲良く生活出来て来たのに一瞬にしてそれが壊れてしまう。
終わりに近づいてあまりにも酷い仕打ちです。
試練を与えて下さったと思うにはあまりにも年を取ってしまっている。
これ以上の酷い人生はないでしょう。

2011年3月18日金曜日

お願い


 天災は規模が大きかろうが小さかろうが身に降りかかってくれば防ぐことはできません。
人力でどうにかなるものは何としてでも大きな災害にならないようにしなければいけません。
想定外だから過失は致し方が無いなどといっていれるものと、そんなこと言っておれないものがあります。
このまま原発事故が終息に向かわず、大きな事故につながれば大変なことにあります。
避難している方は、自分の家が何の変化もなく元の位置に建っているのに、そこには立ち入れないことになります。それが月単位ならまだ我慢もできますが放射能汚染はそれが元に戻るのは何千年以上もかかりますので実質は家を失ったことになります。
東北は美味しいお米が取れる産地ですがそのお米も食べれなくなります。
日本の嬰児用のミルクは中国などでは富裕層に大もてですがそういうものも駄目になります。
土壌が汚染されれば復活はできません。
原発事故は何としてでも最悪の事態に陥らないように食い止めて頂かなければいけません。食い止めることができるのは原発関係者と自衛隊と警察と消防関係者しかありません。
こんなことを言えば顰蹙を買うのは分かっていますが、それでもあえていいます。
あなた方しかいないのですから命を賭して何とか最悪の状態に至らないように頑張ってください。
皆さんには家庭があって家族がいらっしゃることは分かっていますが、それでも留めることを出来るのはあなたがたしかいないのです。
幸いに皆様方が命を賭して留めてくれた暁には、国をあげて頑張った人達に報いなければいけないと思います。もしそれがなされなければ私達が声を上げて非難することを誓います。

2011年3月17日木曜日

着付けた素敵な人達


              大野 ゆみ様
 今日はお子さんの卒園式です。紬の訪問着という大変お洒落な装いです

自然は偉大で悠然と時を刻み無常の様を見せつける 
笑う人あれば泣く人あり 神は容赦なく試練を与える
様々に学習をしながら油断が生じる 

2011年3月16日水曜日

どうなる原発事故


東北巨大地震による原発事故は当初から最も心配だと武庫殿と話をしていました。
地震は天災ですが致し方がありませんが、原発事故は人災だろうと思うからです。
既に同じ事故をアメリカでも経験済みです。原発は事故った時には取り返しのつかない大きな被害を与えるという観点からすれば、様々な角度から十分すぎるぐらいに備えておかなければいけないでしょう。
当初の説明から深刻な状態に陥るのではないかと勘繰っていましたが、やっぱりそうなってしまいました。
心配ですね。これ以上大きくならないように祈るしかありません。
そんなに怖がらなくてもという意見もありますが、怖がるとかそういう事ではなく現実にはこちらの方にも放射性物質は飛んできていると思いますので、もろに被らないように防御するにこしたことはありませんので出かける時は帽子をかぶり眼鏡をしてマスクをしています。

2011年3月15日火曜日

思い出す震災


震災で水が止められるのは本当に苦労しますね。
私達西宮に住まいする者は震災の時にその経験をしています。
現在はトイレは水洗になっていますので飲料だけでなくそちらの方も困ります。
水を貰いに行くのに並びました。
ポリバケツを尼崎まで買いに行ったのですが気が付くのが遅く蓋の付いたものは無く普通のバケツのような容器を買いました。
水は重たいんです。その上に蓋が無ければ持ち歩きますとこぼれます。
台車も売り切れでなくて持ち帰りますと沢山の水がこぼれてなくなっています。
そういう苦労を重ねていると誰かがバケツに大きなポリ袋を入れてそこに水を入れて、こばれないようにポリ袋の上を括っているのです。
これを考えた人は偉い、頭いいと思い早速真似て水を運びました。
それから少し水運びが楽になりました。
東北沖巨大地震の被災者の方々はこれからそうとう長くそういうご苦労が続くのではないかと思います。
どうか体を痛めないように病めないように頑張って頂きたいとおもいます。

2011年3月14日月曜日

原発事故


 阪神淡路大震災の被災者の一人として東北沖大地震は身につまされる思いです。
「お休みそれではまた明日」と別れた友は夜明けとともにもういない。
これが自然の偉大さと天災の恐ろしさです。
地震大国に住む限りは仕方がありませんが、問題は原発事故です。
 クリントンさんが日本に向けて冷却剤を空輸しているという記事を見た時に、なんとずさんな管理かと呆れてしまいました。アメリカでも同じ事故があったという事例があるのですから、原発事故の恐ろしさを理解していれば念には念を入れて備えを十分にしておかなければいけないでしょう。
この事故の責任問題が表面化した時は、恐らく「想定外でした」と答えるおもうのですが、事例のある事故は人災でしょう。
 20km以内の人は避難しなければいけない。今後どうなるのか分からないまま避難することの不安と心労は大変なものです。先ずは被害が拡大しないことに全力を傾注し、終息した段階では想定外だったで済ませず、責任を明らかにして二度と同じことが起きないように備えを万全にして頂きたいです・

2011年3月13日日曜日

気遣い


東北沖大地震の翌日のブログは書くことが憚れ書けませんでした。
朝喫茶店でその朝武庫殿と会いました。
津波の凄さについて話をしていまして、その中で「今日はさすがに画像を掲載することは出来なかったね」という話がでました。
「本当ですね」と返事を返しながら武庫殿はやはり分かっている人だなぁーと思いました。
 
 喪服の生地は通常は羽二重か縮緬です。どちらも地模様の無い無地です。
また襦袢も羽二重か縮緬の無地です。
留袖の襦袢は白と決まっています。喪服の時も白と決まっていますので、ほとんどの人は色が白であればいいだろうと考えて、留袖の時に着る地模様のある綸子地の白の襦袢を喪服の時にも着ています。
それは本当は間違いです。
文様というものは我々の生活に密接している物が画材となってます。
私達の生活に密接している物はすべて私達の生活を豊かにするために存在しています。
そういう事から画材となる物すべてが吉祥なのです。
ですから喪服には無地を着用するのです。
これが私達の祖先の人達の、自分たちが豊かに生きるための思い遣りにつながる美意識です。
ですから大きな災害や不幸を目にした時は画像は遠慮する。そういうことを感じ取っておられる武庫殿は良く分かっておられる人だと再認識したのです。

2011年3月12日土曜日

東北沖大地震

津波によって壊滅した町もいくつかあるようで見ていて心が痛みます。
震災に遭われた人たちにお見舞いを申し上げます。
こんな時に自分ごときのブログなんか書く気持ちにはなれません。

2011年3月11日金曜日

黄楊と虱


街路樹としてよく見かけます黄楊が今花盛りです。
街路樹としてよく見かけるビョウヤナギやキンシバイやアベリアなどですが、それらは花をつけるのはよく見かけますが、黄楊に花が咲いたのを見たのは今年が初めてです。
紅葉に花が咲いたのを見た時は驚きと同時に感激しましたが、それと同様に黄楊に花が咲くのを知った今日もまた感激です。黄楊の花は葉と同じような色目で目立ちませんが今が盛りと花をつけています。香りも良い香りがします。
 
 黄楊と聞くと思い出すのが黄楊の櫛です。
母は黄楊櫛を使っていまして中には目の細かい梳き櫛というものも持っていました。
妹が二人いるのですが小学生の時に頭に虱をわかせました。母はそれを見て慌てずに酢を茶碗に一杯入れてきて、その酢を布に浸して妹たちの頭に塗りつけました。
酢をたっぷりと塗り付けて何をするのかと見ていますと、少し時間が経ったから梳き櫛で妹の頭髪を梳きはじめました。そうすると酢で膨らんだ虱が網にかかった小魚のように沢山梳きだされました。それを何度か繰り返して虱退治終了です。これを見たのは私が中学の時でしたが母のというか、昔の人の知恵にはビックリしたことを思い出します。皆さんは知っていましたか。

tugeto

2011年3月10日木曜日

コーンのバター炒め


物凄く簡単でいて美味しくてヘルシーな料理です。
缶詰のコーン100円を買ってきて、ベーコンと一緒に塩コショウをしてバターで炒めただけのものです。
これが美味しいです。簡単で栄養もあり安いです。
これをコーンスープの粉末を牛乳で溶かせて温かいスープがあればご飯にもパンにもどちらでもいけます。
パンに挟んでも美味しいでしょう。

2011年3月9日水曜日

色と日本人


私達日本人は赤、オレンジ色、黄色、ピンク等の派手な色目というのはあまり好みません。
色としては好きであってもその色の衣服を着用するという事はあまりしません。彩のパッとした衣服は日本の町の風景には目立ちすぎるからでしょうね。
町の色や自然の色に溶け込んで目立たない色目の衣服を好みます。
これは町並等の風景の色目だけでなく東洋人独特の陰鬱な顔立ちというものも影響しています。
陰鬱な顔立ちに派手な色目は衣服だけが浮いてしまってそぐわないからです。
 洋服の色は総体的に男女を問わず好みは地味目です。
それでは白人は総体的に派手な色目のものを着ているかというとそうでもありません。
派手な色を着用しているのは熱帯の常夏の国の人ぐらいですね。
 色目はそんなに派手な色を着ていませんが稀に高齢のご婦人が赤などのジャケットなどを着ているのを見かけますが、お顔や体形にマッチして物凄く素敵です。
彫りが深く華やかな顔立ちと足が長くバストの大きい体形にはどんな派手な色目の洋服も似合うのです。
そういう素敵な姿を見ていますと「あーやはり洋服は体形の美しい外人のものだなぁー」という感じがします。
 日本人の脚の短いバストのない陰鬱な顔には間違ってもフォーマルのロブ・デコルテやイブニングやカクテルは似合いません。若い人は何とか着れても中高年になると見れたものではありませんね。
体形と顔が洋服のフォーマルは受け付けないのです。
その点きものは逆に外人には似合いません。
顔が華やかすぎるのです。体形は足が長すぎて帯から上と帯から下の長さのバランスが下が長すぎておかしいのです。
そして着物のフォーマルは絵模様になっていますので、背が高すぎて色と柄が目立ちすぎるのです。
その点日本人が着ますと顔の陰鬱さを着物の華やかさが彩を添えて華やかな雰囲気にしてくれます。
 背が低くて足が短くてもきものを着てホテルなどのパーティーの場に行きますと、外人のイブニングドレスを着た人に負けない華やかさを醸し出してくれます。
ホテルなどで着物姿の人を見かけますと洋服姿の人は勝てません。
 皆さん美しく目立ちたいという願望を抱いて様々に努力をしお金も使っています。それなのに何を着れば自分を最も素敵に美しく見せれるかを知らなすぎます。最も素敵に美しく見えるきものを疎かにしすぎです。

2011年3月8日火曜日

自然と日本人の美意識


 日本の衣服史上を見てみますと華やかな色彩の衣服が流布した時代はあります。
平安時代の藤原時代、安土桃山時代、元禄時代で元禄時代以降は財政逼迫期に入り、奢侈禁止令によって贅沢を抑制されましたので、文化文政期以降は一般人の好みは茶、黒、鼠などの渋い色が好まれるようになりました。
 経済という時代背景に影響されるところも大きかったようですが、日本人は茶系統、鼠色系統、紺系統等の色目の衣服を着装しますと何か落ち着くのでしょうね。
 額田王が春と秋を比較して秋に軍配を上げていますが、そのことに象徴されるようにどちらかというと秋の方が好きという人の方が多いのです。秋は色が褪せて行く季節ですから、色で言えば茶色系統や紺系統や鼠系統ですよね。
あまり派手ではない茶系統や鼠色系統や暗い藤色系統や黒色系統を着ていると落ちくのです。
これは日本の四季に大いに感化された好みであると言えます。
それと同時に東洋人独特の陰鬱な顔つきが影響しています。
 自分の顔を何時も見ていますので陰鬱な顔つきに、派手な色が合わないという事を理屈抜きに肌で感じ取っているのだと思います。
 私は武庫川女学院の町内に住んでいましたので、通学してくる生徒を数多く見ていますが、若いのに着ている衣服の色は白、黒、茶系統、紺系統、グレー系統の渋い色を着ている人が圧倒的です。
普段渋い色の衣服を着ていますので、急に派手な色目の衣服を着ますと浮いてしまって身にそぐわないで退けてしまったという経験をされた覚えがあると思います。
 ところでグリーンは色目としては好きだという人が多いのですが、グリーン系統の色目の衣服を着ている人は少ないですね。日本は四季に恵まれ山も多く比較的グリーンが多いので、無意識にかぶってしまうのを避けているのではないかと思います。
こういう美意識も国民性の一環なんでしょうね。

自然と日本人の美意識

2011年3月7日月曜日

私の着付けた素敵な人達



マーンズ 佳代様 マーンズ アレックス様 優仁君
今日は優仁君の宮参りです。
お父さんはもう生まれて二か月ですから宮参りは遅いのですが今年は寒かったのでこうなってしまいましたと、おっしゃっておられました。
全くの日本人感覚ですね。

 優仁君もマーンズご夫婦もそのまた父母も祖先も大自然の営みの中で生まれ生かされています。
それを感じ取れば「生れました」と神様にご報告と感謝の祈りを奉げに参詣する。これも哲学ですね。
そういう哲学を心で確りと感じ取ることが自己の人生の充実に大切な要因となります。
我々すべてが神の子である。これは変な宗教ではなく哲学です。神々がいなければ我々は存在しない。すべての宗教の根本原理です。

2011年3月6日日曜日

松文様


松は四季常に青く寒い冬にも葉を改めず。そんなところから変わりやすい人の心を戒めるという意味から
松の常緑を貞徳になぞらえて吉祥としている。
松の長寿を寿ぎ(ことほぎ)更にこれを人の長寿に結び付けて目出度い木としています。
そんなところから同じく長寿と言われている鶴、亀との組み合わせがデザインに取り入れられています。
 松は三寒三友として竹と梅と組み合わせて最もお目出度いものとして扱われています。
日本では松、竹、梅の順でランク付けされることがありますが、それは松は平安時代、竹は室町時代、梅は安土桃山時代に嘉樹とされましたので時代順に並べられたことがランク順にも用いられているのです。

松は神霊の依代(よりしろ)として、また神霊それ自体とみなされて霊木、神木ともみられ、正月のしめ飾りやへっついかまどの飾り松として用いられます。

2011年3月5日土曜日

孫を抱く


次女が出産をしまして退院をしてきたところですから応援に出かけています。
風呂に入れて白湯を飲ませてご機嫌さんのようでしたので抱かせてもらいました。
実にお顔が整っていてこの子は美しくなるよと顔を覗き込みましたが、実に嬉しいですね。
こわごわ抱いていますので固まってしまいました。
私は進ですから「進爺(しんじい)に抱いてもらってよかったね」などと言われると余計に固まってしまいます。

抱いてみて 石仏の如 固まりて

2011年3月4日金曜日

節操のない政治家


        珍種源平の枝垂れ梅 紅白の花が咲くところから源平

 民主党の佐藤議員が離党をしました。
節操がなさすぎるのではないかと思います。
佐藤議員だけでなく今までにもそういうことがありましたが、途中で離党はおかしいでしょう。
我々は議員一人一人の人間性や人格などは分かりません。
分かりませんが政党政治ですから個人よりも政党の一員であるという事で選んでいます。
現民主党の特に当選一回組は民主党の勢いに乗じて当選した人達です。
経験のある政治家として自身の力で当選を勝ち取ったのではない人が大勢います。
民主党員だからみんなに期待して選出してもらったのです。途中で嫌気がさしても次の選挙までは留まるというのが常識のある対応でしょう。
留まるのが嫌なら一度議員を退いて次に勝負をかけるべきだと思いますが皆さんは如何思いますか。
 人間死ぬまで勉強だと昔から言われています。
この勉強は学識を深めるというよりも何が道理かを弁え、その道理に則った言動を取れるようにするということです。範となるべき人達が節操のないことを繰り返し、それを国民に見せつける。本当に国や国民のことを思っているのでしょうか。

2011年3月3日木曜日

お洒落と自分


最近は女性でも背の高い人が確かに増えました。背の高い人は増えましたが30年間で成人女性は1cm位しか身長は伸びていなくて158.7cmが平均だそうで60cmに満たないのです。
西洋人とは比較にならないのです。
 身長は低いだけでなく足の長さの比率が違います。
日本人は上半身と下半身の長さの比率がそう違わないのですが、西洋人は足が長く腰骨の位置が高くヒップが持ち上がったような感じです。
 全てが藤原のりかさんのように足が長いからジーンズを穿いても恰好が良い。
 その点日本人は足が短いのにジーンズの裾を上に折り返したり、裾でダブらせている。
足が余計に短く見えてスッキリとしない。裾を折ったりだぶつかせたりして着装するよりも、背が低ければ裾を少し細くして丈を足の甲に当たるくらいに切った方がスッキリとキリット見えるのに。それでもそれより長い方が良いと思っている人も少なくありません。
 冬にブーツを履いているけれど足が短いのでブーツばかりが目立っている人もいます。
 皆さん美しくなりたい、素敵な人だと言われたいと思ってお洒落をしているのに、自分という人間をきちっとイメージできていない人が多く、人真似ばかりしている人も少なくありません。
 美しくなりたい素敵な人だと言われたいと思って皆さんそれなりに努力をされています。そうであれば肥えてはいけませんね。それは自分の心掛け次第で何とでもなるのです。また自分の心がけでしかスマートな体形は保てないのです、そのことに言い訳をする人は美しくなりたいとか素敵な人だと言われたいという事から卒業しています。
 肥えてさえいなければ後は自分のセンスと多少のお金で何とかなるでしょう。
その時に最も大切なことは自分を知るということです。自分を知って自分の個性にあったお洒落をすることです。お洒落にとって最も大切なのは清潔感ですね。破れたジーンズや汚れたジーンズを穿いていても清潔感があってこそお洒落につながりますね。

2011年3月2日水曜日

ダイエット


      郷愁をそそるたたずまいでしたから思わず撮りましたが雨のためはっきりしません

 「ダイエットしなければ」贅沢な悩みですね。
確かに女性だけでなく男性にも言えますが、肥えていない方が何を着ても素敵ですね。
男の場合は痩せているけれど胸元は逞しく、ヒップはだぶついていなくて締まっている。腰の下のヒップの上の部分は適当に筋肉があって持ち上がっているような感じ。そういう体形は足が長く見えます。
 女性も下半身は同じですね。お尻が下がって大腿部の外側ばかりが張り出している。これで下腹部が出ていればお洒落なんかしても仕方ないでしょうね。
それでも美しく見せたいから化粧の時間は結構長いというのは私達男性には不思議に感じますね。
 美しく見せたいと思うのであれば何もそんなに難しいことではないでしょう。
ダイエットしたければ食べなければいいのです。
食べなければ完全に痩せれるのです。
 食べるなと言えば拒食症になるほど我慢をしてしまう。
そんなことをしなくても適量はしっかりと食べればいいのです。痩せても衰えた感じでは美しく見えませんので適当に筋肉が付くように運動も同時にして基礎代謝を増やせば、ドカ食いしなければ肥えるという事はなくなります。
私は芸能界の仕事をしていましたので女優さんをよく知っていますが、みなさんハードな仕事をしていますので結構食べますしお酒も飲みますね。
でもその分運動もして筋肉をつけて基礎代謝を高めていますよ。美しくなりたいと念じる気持ちは同じですが、必要性と真剣度からくる気持ち、意志のもんだですね。
 一般の人はそれでは私も今日から運動するわと言って始めるのですが続きませんね。
 私は鳴尾に引っ越して来て23年です。鳴尾に来た理由は武庫川でジョギングをしたかったからです。
長年歩いたり走ったりしていますが、運動をしている人の男女比較をしますと圧倒的に男性の方が多いですね。何時のまにか女性の方がターゲットになっていますが、ダイエットを希望しているのは女性が圧倒的だからです。
薬を飲んだりとか、体を締め付けるランジュエリーを付ければ痩せれると高いお金を出して買う。馬鹿げていると思いませんか。

2011年3月1日火曜日

珍種桃山



上図の梅は日本で万博にしか存在しない梅だそうです。
樹種は桃山と言います。
花は梅には珍しい一重の花弁です。見た目は他の梅となんら変わるところはないのですが、そこにしか存在しないものを見れるのは嬉しいですね。
世は無常と言います。梅と一括りに言ってしまえばそれまでですが、毎年同じところの梅でも時期や温度また樹木そのものの勢いや様々な条件が重なり合って、毎年同じ状態を見ることは絶対にできません。
私達が年々皺が増えて行くのと同じで花の状態も毎年異なります。
ですから既に行ったことのある所でも暇があれば毎年同じ所でも花見に行きます。
樹木の状態は変わりましても背景図はそんなに極端には変わりません。
情緒のある花見をするには背景が大切ですね。
例えば京都の北の天満宮の梅です。神社の横には梅園があって沢山の梅が植えられていますが、梅梅だけでは情緒はありません。その点境内の梅はまばらに点在しているだけですが、背景に社殿があったりして趣があります。情緒は樹木の数ではないですね。
和歌山の南部梅林にも行きましたが実の栽培のための梅ですから、梅の木は沢山ですが白一色の梅梅という風景ですからあまり情緒はありません。
そういう点で言えば大阪城の梅よりも万博公園の梅林の方が情緒が感じられて癒されます。
どの樹木も懸命に頑張って花を咲かせてくれているのに人間は贅沢ですね。
人間に好き嫌いがあるように花見にも好きな所と気乗りのしないところがあります。
梅ちゃんごめんなさい。私は大阪城よりも万博の方が好きです。