2011年6月13日月曜日
和服の襟合わせ左上前は何時から
写真は古代の男女の服装です。
男子は衣褌(きぬはかま)様式
女子は衣裳(きぬも)様式です。
女性の写真を見て頂ければわかりますが古代の襟合わせは左衽(さじん)です。
よく右前とか左前とか言います。前とは体に接する方という意味です。
衽(じん)も前と同じ意味で体に接する方のことです。
右前と言いますと右側が体に接する方で、左側が上に来る方です。きものは現在は左上前。即ち左側が上に来る打ち合わせです。
中国の万里の長城よりも北側に住む人を、胡人と言い、胡人が来ている服を胡服といいます。
胡人とはえびす人、即ち未開文化の人達で中国では野蛮人として扱っていました。
その胡人の衣服の打ち合わせは左前でした。
中国では野蛮な胡人が来ている衣服が左前でしたので、胡人と一緒であることを忌み嫌って衣服の打ち合わせを右前にせよと布告します。
その中国に倣って日本でも元正天皇養老3年(719年)に天下の百姓~国民に襟を右衽にせよという布告を出します。
それ以来和服の襟合わせは男女共に右前に打ち合わせるようになりました。
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