2010年6月30日水曜日
木綿に付いて
木綿の原産地はインドで紀元前2500年頃から栽培され棉織物が織られていたと文献にあります。
シルクロードを通って運ばれたインド木綿の軽やかさに古代ローマの人達はすっかり魅了され「織られた空気」「流れる水」「夕べの雪」などと呼称して珍重したそうです。
日本で木綿が織られるようになるのは天文・弘治(てんぶん・こうじ1532~1577年)の頃で桃山時代の末期には河内・丹波を中心に山城・摂津・和泉・播磨などで盛んに織られました。
しかし一般庶民の人達が衣料として用いるようになるのは江戸時代の中期以降です。
それまでは麻が主流でしたが、江戸時代の後期になりますと麻に代わって木綿が広く用いられるようになります。それまでの麻は木綿よりも高級な夏の衣料として用いられるようになるというように、麻の用途範囲も変遷をしていきます。
木綿が安価な衣料として一般に広がるのは江戸中期以降ですから、それまでの夜具はどうしていたのでしょうか。
上級階級には古くから掻巻という真綿の入った夜具がありましたが、一般庶民は布団なんかなかったわけですからどうしていたのでしょうか。
京都の藁ぶき屋根の集落に見学に行きますと農家の寝室が残されています。
寝室は低く作られていて周りは5寸くらいの囲いが出来たように高く作られています。
寝る時はそこにご座やむしろを引いて藁をいっぱいに引き占めて、その藁にもぐって寝たので藁が外に出にくくするためにそういう作りにしてるという事です。
農家の人達だけでなく貧しい町家の人達も同じようにござやむしろで寝たのではないでしょうか。 そういう状態での生活ですし、食料事情も栄養価の高いものが食せなかったので、すぐに風邪を引き、風邪を引けば肺炎を併発して亡くなる人が多<かったのです。
それが木綿が普及したことによって、死亡率がうんと減ったと言われています。
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