2009年7月13日月曜日

楽しく生きる

 生きて行く究極の目的は自己の人生の充実です。喜楽には刹那的に消えさるものと、心掛け次第では永続するものとがあります。人生を充実させるには永続性のある喜楽とはどういう事かの先ず理解が必要です。 
 多くの人は「お金と愛」が喜楽のすべてだと思っています。これは経験のない人には理解し難いかもしれませが、お金は儲けるという面で永続性のある喜楽が得られます。 
 使う事によって得られる楽しみは刹那的です。刹那的ですから、それしか知らない者には「いたちごっこ」になってしまって、最後は虚しさだけが残ってしまいます。 
 男女愛は何時まで経っても連れ合いは大切な存在に変わりはありませんが、結婚をして10年も経てば連れ合いと一緒にいることが生甲斐、楽しいという人は皆無です。 
 子供は可愛い存在です。親にとっては生甲斐の一つであることは間違いのない事実ですが、それも子供が大きくなれば友達や恋人の方が良くなって親元から巣立っていきます。そんなものに何時までも縋っていては人生を充実させることはできません。 
 お金も駄目。愛も駄目だったら他に何か大きな喜楽に繋がるものはあるのですか、私にはそれが分らないという人がいます。 
あるのですよ。
 人はどういう状態になった時に一番大きな喜楽を得られるかを考えてみてください。 
 人は物凄く自己顕示欲の強い動物です。自分は賢い、自分の考えは正しいと思っておられる人が沢山います。それは自己顕示欲の強さを象徴しています。 
 人は自己顕示欲の強い動物ですから、他者から自分の存在価値を承認され賞賛されることが一番楽しいのです。
  自分は賢いと自負心を持っていても何にもなりません。自分の価値は自分んで決めるものではありません。人が決めてくれるものですから、あの人は賢い。あの人は素晴らしい。あの人は偉い。あの人は凄いと他者から賞賛されるようにならなければいけません。他者から称賛されることが一番の喜楽であることを理解し、理解出来たならば人から賞賛されることを長く保てるようにすれば、永続性のある喜楽が得られます。 
 私の言っていることは真理なのですが、こういうことは自身で心のときめきを経験しなければ理解ができません。実感出来ていなければ理解が物凄く難しいのです。ブログは文字数に制限がありますので、次はもっと具体的に永続性のある喜楽に付いた述べます。

0 件のコメント:

コメントを投稿